不登校だった息子と過ごした時間|自然の中で見つけた学びと成長

学校へ行けなくなっていた息子との時間。
あの頃の私は「勉強よりも、好きなこと・興味のあることをとことん追求してほしい」と思っていました。

家で過ごす時間が長くなった分、息子が心を動かされるものを大切にしたい。
そうして始まったのが「昆虫観察」「家庭菜園」「日本史の本読み」などの時間です。
特に昆虫への興味は深く、近所の書店で小学館の図鑑シリーズを次々と買い揃えました。

昆虫への興味が広がった夏|カブトムシが教えてくれたこと

最初に夢中になったのはカブトムシ。
男の子なら誰もが一度は憧れる昆虫です。
息子には気になったページに自由に書き込みをさせ、昆虫への好奇心をのびのびと広げていきました。

私の実家は東北地方のりんご園。
夏休みになると、祖母が早朝から息子を昆虫採集に連れて行ってくれました。
ある年の夏には、カブトムシが大量発生していて、たくさん捕まえた虫たちで「カブトムシバトル」を繰り広げるほど。
同年代のいとこたちと夢中で遊ぶ息子の姿は、今も忘れられません。

2016年のあの夏、昆虫を通して自然の中で学んだ時間は、息子にとっても私にとってもかけがえのない経験でした。


不登校の息子と過ごした観察の時間|アゲハ蝶の成長を見守る日々

息子との「好きなことをとことん追求する時間」は、昆虫だけでなく植物にも広がっていきました。
カブトムシの次に夢中になったのは、アゲハ蝶の観察です。

アゲハ蝶との出会い

ある日、私が近所を散歩していたときのこと。
山椒の木の葉の上に、偶然アゲハ蝶の卵を見つけました。
思わずその葉をそっと摘み取り、虫かごの中に入れて持ち帰りました。

翌日、葉っぱには食べた跡が。
それを見た息子は大喜びでした。
私は毎日、新鮮な葉っぱを交換しながら世話を続け、ついに初めての羽化の瞬間を迎えることができたのです。

ベランダでの飼育体験|山椒の木にやってくる命

この経験をきっかけに、私たちは近所の花屋で山椒の鉢植えを購入。
ベランダに置いておくと、数日後にはアゲハ蝶が何個も黄色い卵を産みつけてくれました。

数日後、数ミリほどの小さなアオムシが誕生。
最初は食べる量も少なく余裕がありましたが、日を追うごとにどんどん食欲が増し、最後には葉っぱが足りなくなるほど。
それでも、なんとか全ての幼虫がサナギになり、美しい蝶へと羽化してくれました。


小さな畑で育つ好奇心ミカンの木でもう一度|完全変態の感動

次に育てたのはミカンの木。
こちらでは、卵からサナギ、そして成虫になるまでの完全変態の過程を、親子でじっくり観察することができました。

サナギから蝶がゆっくりと出てくる瞬間。
まだシワシワの羽が少しずつ広がっていく様子を、息子は目を離さずに見つめていました。

学校に行けない時間があったからこそ、こんなにも丁寧に生命の成長を観察できたのかもしれません。
この体験は、息子にとっても私にとっても、忘れられない親子の学びの時間になりました。


不登校の息子と始めた家庭菜園|小さな畑で育つ好奇心

昆虫観察に続いて、息子が興味を持ったのは家庭菜園でした。
「自分で育ててみたい」という息子の言葉に背中を押され、
ナスやきゅうり、ミニトマトの苗を植え、にんじんは種から育てることにしました。

毎日少しずつ育っていく野菜たち

水やりや日当たりの調整など、最初はわからないことだらけ。
それでも息子は、毎朝ベランダに出て成長を観察するのが日課になっていきました。

少しずつ伸びていくきゅうりのツル。
気づけば、植えたばかりの小さな苗がぐんぐん伸びて、約20センチほどのきゅうりを収穫できるようになりました。

「すごいね!昨日よりまた伸びた!」
そんな小さな発見のたびに、息子の表情は輝いていました。

不登校の息子が夢中になった歴史|戦国武将から学んだ探究心

自然や昆虫、家庭菜園に夢中になった息子。
その好奇心はやがて「歴史」にも広がっていきました。

当時ハマっていたのは戦国武将
中でも息子が特に惹かれたのは徳川家でした。
「徳川家って何代まで続いたの?」
ある日そう聞かれ、私も一緒に本やインターネットで調べたのをよく覚えています。

息子はとにかく探究心が強く、
歴史の武将図鑑を買うと夢中になって読み込み、気に入った武将のイラストを描いては楽しんでいました。

大河ドラマ「真田丸」から広がった学び

ちょうどその頃、NHKの大河ドラマ『真田丸』が放送されており、
登場する武将や家臣たちの関係に興味津々。
「この人はどんな戦をしたの?」「どっちが勝ったの?」と、
毎週ドラマを見ながら、登場人物を武将図鑑で調べては新しい発見をしていました。

こうした時間を通して息子は、
「自分で調べる」「知りたいことを深く掘り下げる」
という学びの楽しさを自然に身につけていったように思います。

興味から始まる「学び」の形

学校に行けなかった日々。
でも、そこで出会ったのは「好きなことを学ぶ喜び」でした。
昆虫を観察し、野菜を育て、歴史を探求した息子の姿は、
私にとっても「学びとは何か」を改めて考えさせてくれる時間でした。

不登校の時間は決して無駄ではありません。
それは、子どもが自分のペースで世界を広げるための大切な時間でもあります。

不登校という時間を「マイナス」ではなく「学び直しのチャンス」に変えられたのは、
一緒に夢中になれたあの夏の経験があったからかもしれません。

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